セラピストとして子供に関わるときに必要なもの
こんにちは。
へんな心理士です。
今日はプレイセラピーを行う治療者として
何を大事にしているかというお話しです。
まずはWinicottの引用から。
Winicottは「環境はせいぜい子供が潜在的な力を認識することに可能にする程度である」。
「両親ができることと言えば、適切な環境を提供すること(ニードを満たすこと)である。」
大事なのは「せいぜい」なんですよね。
治療者は何かができるわけではない。
ただ環境として、そこにいるだけ。
・・・しかし、ただそこにいるだけでもない。
私はこの時の治療者について「粘土のようなもの」だと思っています。
子供が治療者をいいように使う。
思い通りに使う。
自分好みの形に変えてみたり、なってもらったりする。
いらないと思ったら、使わなくてもいい。(移行対象)
治療者は治療者として子供に接するけれど
いいように使ってもらえるようにもしておく。
ゲシュタルト療法の概念を用いるなら、地(環境)でありながら図(粘土として存在する)でもある。
これらの体験を通して、子供が十分に満足し、あそぶことができれば
治療者が何をしたというわけでもなく、子供は勝手によくなっていくでしょう。
なにせ子供は環境が整えば、勝手によくなっていったりするので。
そしてよくなったとき、治療者のおかげだなんて思ってもいなかったりします。
(余談ですが、これはとても大事なことですね。
治療者のおかげでよくなったという人は、治療者がいなくなったら
悪くなることだってあり得ますから。
あくまで自分の力でなんか知らんけどよくなったと思えるのは素敵なことです。)
子供たちを取り巻く環境はシビアなものだなぁと思います。
できるだけ、早いうちに一緒に困っていきたいものです。


